遊びのログ

江ノ島藻場再生の現場に潜入してみた

3月の薄曇りの空です。
江ノ島は目の前にすると遠くから見るよりなんだか小さく見えるので不思議なものですね。
すぐ近くの片瀬漁協のガレージのような建物の中にはたくさんの大人が集まっています。
それぞれの本職や肩書きは様々で、ダイビング屋、漁師、布団屋、ホテル屋、水族館職員、筋金入りのナチュラリストと普段漁協に出入りする人間とは明らかに違う異色の集まりの匂いがします。
ただ共通しているのは、それぞれが水中で自由に動ける潜水能力を有していること。
ここで言う潜水能力は中性浮力とか耳抜きとかそういう可愛くてキラキラしているものじゃないですよ笑
水中で明確な目標を達成する柔軟性とでも言うのでしょうか、地形の把握や作業のシミュレーション、そして作業を阻む水中での障害への想像力と解決の発想力のことです。
PADIのマニュアルで言うところの作業負荷のコントロール力ですね。

もう10年以上も前になります。
当時大学生の薮崎はピーク・パフォーマンス・ボンヤンシーの学科講習を受けていました。
その中のDVDでは、中性浮力がいかに大事かが説かれているわけです。
「水中でダイバーが残すのは、美しい写真と吐いた泡だけ」
それから十数年の間に海中環境は大きく変わっているのに、遊び方は変わらずいまだに美しい写真と吐いた泡だけ残して終わってて良いのだろうか?
どこか一方通行な遊びに取り残されているような気がして他にスクーバを使った遊び方は無いものかなんて考えてしまいます。
日本の海洋環境の豊かさを代表するサンゴ礁、藻場、干潟の今はどうなっているのでしょうか?

そんなとき、そこはマリンレジャーの一等地、湘南でした。
陸からは見えない江ノ島の海底には藻場の再生に尽力する人たちがいます。
面白そうなので混ぜてもらいました。
いざ、海へ。

※この「面白そうなので混ぜてもらいました」の一言の裏では1月からたくさんの方にご協力いただきました。感謝です。

海況と道具

3/5(日) ポイント:江ノ島 コンディション:微々たる北風で穏やか
気温:暖かめ 水温:14℃
風景撮影というより、活動の様子を残す。水深は浅いことが予想できたので、機動力を重視してストロボを置いていくか悩んだが曇天予報なのと透視度の心配があったため、がっちりストロボを装着した。

江ノ島・フィッシャーマンズ・プロジェクト

今回お邪魔したのは江ノ島・フィッシャーマンズ・プロジェクト(以下EFP)主催の環境保全活動です。
EFPは海産資源が乏しくなっていく地元の海を見た漁師さんたちが、子供たちに豊かな海を残さなければいけないと動き出したのが発端で、「海の大切さ・楽しさをもっとたくさんの人に」と掲げて陸では釣り教室や体験学習、海藻シンポジュウムなどを通して海産資源とその消費の仕方を子供から大人が体感できる活動をしています。藤沢市との連携も密で、藤沢市の海辺のイベントではとても人気なものとなっています。
水中では藻場保全活動と海底清掃活動を行なっています。新・江ノ島水族館の職員の中でも人気な活動で、行きたくてもなかなか参加が叶わないそうです。

江ノ島・フィッシャーマンズ・プロジェクトのHP

江ノ島の磯焼けと藻場保全

「磯焼け」はご存知ですね?初耳の方は調べてみてください笑
藻場保全と脱炭素社会の関係はご存知ですか?初耳の方は調べてみてください笑

江ノ島の磯焼けは食害によるものではないそうなんです。
海水温の上昇、台風の勢力とコースの変化が原因ではないかと言われています。
ただところどころ海藻が食べられた跡があることから容疑者の一つとして挙がっているのがニザダイ。
釣り船の情報だとアイゴもたくさん釣れているそうです。

原因が特定できないうえに食害の影響も少ないため、駆除や移植だけで上手く行かない状況のようです。
漁獲量の低下が深刻で、小さな命のゆりかごである藻場を取り戻すことが急務です。
脱酸素社会とかブルーカーボンとか地球規模に話が飛躍するとちょっとついていけないですが、地元の漁師が地元の海との生活を残すために地元の海と向き合うというのは活動として実感が湧くと思います。そこに潜水という能力で協力をする。
繋がりのある環境に働きかけるという経験はダイバーにとって新しい世界になりそうな気がします。

漁協に設置された室外機の高さにも理由が。
洗濯物干すためではなくて、高波がここまで届くそうでこの高さなんだとか。
海辺の生活でどれだけ海に注意が必要か、はたまた強力な波が押し寄せる観光地江ノ島の知られざる一面を見たように思いました。

江ノ島藻場再生の現場に潜入してみた

さあいよいよ始まります。
まずはチーム編成と作業分担の緻密なブリーフィングから始まります。
今回のミッションは秋以降に本格化する海藻の移植に備え、保全ポイントのモニタリングでした。具体的には保全エリアの定点観察とそのためのモニタリング地点の整備です。春以降海が濁る前に、なんとか整備を終えておかなければならないのです。

今回の主な作業は
・モニタリング地点のナンバリングプレートの付け替え
・モニタリング地点に目印のネット設置
・モニタリング地点の距離や水深などのデータ採集
・モニタリング地点の増設とU字ボルト設置

ブリーフィングではまず水中地形の共有から始めます。深度、方角、距離感、作業領域のスケール感を把握します。
海況や注意点はほどほどに、役割分担をしてそれぞれが作業を具体的にイメージして、考えられる問題を検討します。
ひとたび水中に入ってしまえば作業の大掛かりな修正はほぼ不可能。陸上にいるうちに問題は解決します。想像力とアイデアのスピードが求められます。

水中の透視度は悪くなく、水温も高め。作業をするには好条件でした。
ただ想像以上にモニタリング地点が細かく、プレートを探すのがなかなか難儀でした。
海藻に埋もれてしまったり、これから迎える透視度が悪いシーズンに向けて立体的な目印も設置します。
通称”玉ねぎ袋”にペットボトル。その場のアイデアの即席アイテムです。

TGシリーズが大活躍していました。
作業の傍ら、モニタリング地点の撮影やデータの撮影、また周辺生物の記録も行います。

実はこの記録というのがとても大切で、漁師さんも学者さんも実際水中がどんな環境なのかは想像するしかないのです。
江ノ島の場合、磯焼けの原因の特定がまだできていません。「水中で何が起きているのか」この検証に写真は不可欠。そして活動の効果測定にも写真は不可欠です。
作業が目的のときはそれにかかりっきりになりがちですが、たくさんのダイバーが関わり、記録される写真が増えれば保全活動の検証に非常に大きな助けになります。これなら我々レジャーダイバーの得意分野ですね。

慌ただしい江ノ島の海底を一際大荷物のダイバーが通り過ぎて行きます。

これは、高圧空気で岩を掘削する秘密兵器です。
海底の岩盤に穴を開け、水中ボンドでU字ボルトを設置します。
これにより、モニタリング地点のナンバリングができ、藻場再生のための母藻をスポアバッグに入れて固定することができるようになります。

ちゃっかりやらせてもらいました。
笑っちゃうほど簡単に岩に穴を開けることができます。これまでは人力でハンマーで叩き割っていたそうです。
道具を使うこと自体は難しくありませんが、闇雲に使えば良い訳でもありません。水深や水流など環境を見ての場所の選定だったと思います。

水中ボンドが固まる前に設置していきます。効率的に確実に手を動かすことが必要です。
ちなみに、もう一つ秘密兵器を目撃しました。

初めて見ました水中ドローン。
上手に浮力取って泳ぐもんだなあなんて感心していたら陸に上がってびっくり。
この水中ドローンパイロットは小学生くらいの男の子。お父さんと一緒にこの活動に参加していました。
すごいですよね、シンジくんとかアムロとかそんな世界ですよ。どっちも見たことないけど笑

この男の子には「水中でダイバーが残すのは、美しい写真と吐いた泡だけ」なんて言えないなあ。
ダイバーが残したものではありませんが、ドローンから視線を落とした海底には同じ海遊びの痕跡がこんなにも。

波に揺られて一箇所に固まっていました。
多い時は一回の活動で100kg近く引き上げられるそうですよ。

藻場の再生を行なっている場所は磯釣りのポイントのすぐ下なんです。
釣り師の皆さんもみんなダイバーになれば良いのに、そうすれば仕掛けは買い足さなくても済むかも笑

このエリアで水面に近い岩には海藻がゆらゆらしています。

本当に生き物の知識がぺらっぺらなので、これはてっきり一年目のカジメかと思ったら全部ワカメだそうです。
カジメだらけの江ノ島で記憶が止まっていました。
今ではカジメの移植は上手くいかず、ワカメの調子がいいそうです。

ワカメの形も場所によって違うらしく、下の丸っこい形のワカメは他ではあまり見かけないそうです。
これがたまたまなのか、環境への適応なのか。
生き物の不思議です。

水中での作業が終わってからは、それぞれのダイバーが見た物を集約してデブリーフィングです。
様々な仮説や次回への改善点を並べていきます。

難しいのは、みなさん本業の傍ら休日で集まり活動をされています。
毎日のように潜って変化を見れるわけではないので、目に見えた成果を確認しずらい現状です。
また、作業を高速化するために人手を増やすというのも難しい。
江ノ島は透視度が安定しない季節もあり、そんなコンデションの中作業をするとなると技術も必要になります。一般ダイバーの受け入れには慎重です。

確かに、モニタリング地点の増設やスポアバッグの設置は簡単に手は出せなさそうです。
でも、モニタリング地点の観察と記録、海底清掃なら普段のダイビングと変わらない気がしています。
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「江ノ島の海底にパパラギさんの森を作りましょうよ!」
なんて声をかけてもらいました。
きっと森ができるまでは時間がかかるでしょう。でも間違いなく新しい世界を見た1日だったのでした。

横浜店 薮崎